リストランテミヤモト 宮本健真様インタビュー

リストランテ・ミヤモト様インタビュー
ristorante miyamoto-02 宮本様
自己紹介をお願いします。
宮本健真です。
山鹿にあるイタリア料理店イタリー亭の息子に生まれ、
19歳の時に単身でイタリアへ渡りました。
語学学校リンガビーバの上級コースを修了し、
月給3000円の手打ちパスタの店から修行を開始。
その後一つ星レストラン「ヴィッラ・ロンカッリ」での修行を経て、
2つ星レストラン「ラ・テンダ・ロッサ」に入店しました。
私はフレンチに似ているインターナショナルな高級イタリア料理は好みでなく、
イタリアらしい香りあふれる高級料理が大好きで
「ラ・テンダ・ロッサ」は憧れのレストランでした。

しかしそこでの修行は大変過酷なもので、7時~翌3時まで働き、
3日くらい睡眠をとれない日も多々ありました。
「ラ・テンダ・ロッサ」には私みたいな研修生が大勢いるのですが、
この過酷さから長く続けられず逃げ出す人も多く、研修生が私一人だけになり、
休息がとれないこともありました。
しかしこれは全部の過程を覚えられるチャンスであり、
世界最高峰のイタリア料理店のオーナーシェフである
「マリア・サルクーニ」を独り占めすることができました。

その後テクニックを駆使した料理を見たいという思いから
アルプス2000mの地にある1つ星レストラン「ラ・シリオラ」に入店。
エネルギッシュでクリエイティブな料理を手掛ける
コラード・ファゾラート氏のもとで最新の技術を学びました。
やはり父が料理人で、負けたくないという思いがあり、
父を納得させるためには星つきのレストランで修行するしかないと思いました。
今の自分があるのはこの2人に出会えたからだと思います。
ミヤモト様 3
そのような大変な修行を乗り越えられたのは、料理人になりたいという
強い思いがあったからだと思うのですが、料理人を志したのはいつ頃ですか。
それが実はですね、イタリアに行ってからなんですよ。
実家がイタリア料理店だったので、継がないといけないだろうなという
漠然とした思いからイタリアへ渡りました。
語学学校のあるイタリア中部のトスカーナ州で数か月を過ごし、初めて北上した時に
同じイタリアでもパンやワイン、バターにオリーブオイル、
料理自体も色や味が違うということにすぐに気が付きました。
またその理由を考えたときに、
これはもしかしてイタリアの歴史的背景などが
影響しているのかなと考えることができたんですよね。
その瞬間、やっぱり自分は料理に向いているのかなと思いました。
初めて自分からやりたいと思うようになったのはこの時からですね。
ristorante・miyamoto-01
オープンまでに起こった悩みはありますか。
どこで働くかということで悩みました。
日本に帰ると決めたとき、ミラノから2件オファーを頂きました。
またその関連会社のある東京からも1件頂きました。こういう時ばかり人気ものですよ。
悩んだ末、父の会社が事業を拡大するということで実家に戻ってきました。
しかし、実家のある山鹿で働いているうちに自分の作りたい料理を作りたい、
自分の美味しいと思うワインを出したいという思いが強くなりました。
自分のやるべきことは何だろうかと深く考えるようになりました。
それをどのように解決されましたか。
そこで修業の時の知り合いなど人脈のある東京に行こうと思っていると、
知り合いがいる不動産会社がここの物件を紹介してくれました。
東京に比べ、全くといっていいほど人脈のない熊本でお店を出店すると考えた時、
どんな条件を満たせば熊本でもいいか自分なりにいくつかの条件を考えました。
まず電車通りの内側であること。
内側と外側では人通りや雰囲気が全く違います。
自分の思い描くイメージに合っているかを深く考えました。
また街の中心部から離れているこの場所は、2次会に行く際に不便ではないか、
タクシーに乗った際、1メーターで中心部へいけるかなどを考え、何度も足を運び
実験、確認を行いました。
次に歩いて10分以内に10階建て以上のマンションが10棟以上あること。
これは、都会から単身赴任の男性が男友達と気軽にこれるような店にしたかったんですよね。
いかにしたら男性客を取り込めるレストランを作れるかを考えました。
他にも近所に大企業や病院等があるかなどいくつか条件を考えた結果、
ここはある程度条件を満たしたんですよね。
この場所なら出店してもいいと思い、決めました。
ミヤモト様 1 ristorante miyamoto-03
修行されていた時と独立した後での生活はどのように変わりましたか。
20代の修行時代は、自分のベースをつける時代でした。
常に料理のことしか考えておらず、
睡眠時間も3時間ほどでいつも料理の本を持ったまま寝ていました。
現在は、以前より労働時間自体は短くなったものの、責任感が大きくなったと感じます。
一緒に働いてくれるスタッフを支えるためにも、まずお店の経営を考えるようになりました。
自分のやりたい事よりも相手のことを考え行動することを優先するようになりました。
以前よりももっと周りのことを考えて働くようになりましたね。
ニッポン工業に依頼した理由は何ですか。
西山さんと髙木さんがいたからですね。
髙木さんは山鹿の方だったので知っていましたし、
西山さんは実家で父がお世話になっていたので
小さなころから知っていました。けんちゃんと呼ばれているくらい親しいんですよ。
西山さんのいいところは生きてるお店を知っているところ。
お店に詳しい西山さんにいろいろな情報を教えて頂いています。
ミヤモト様 2 ristorante miyamoto-09
ニッポン工業に対する印象はどうですか。
若い人たちが生き生きと個性的に働かれていますよね。
ニッポン工業さんの社員さんは1回会えば覚えます。
若い人が全面にでる社風はすばらしいですね。
独立、開業を目指す方に一言アドバイスをお願いします。
今を大事にし、何に関しても一生懸命にする習慣をつけて下さい。
もし経営のことが分からなくても、若いときに頑張っていれば後から分かるようになります。
また、素直であること。自分に自信をつけ、自分を守る力をつけること。
無理だと思ったらできないので、どうしたら解決できるかを常に考えながら頑張って下さい。
私も若い人に負けないように頑張ります。
宮本様ありがとうございました。
ristorante miyamoto-11

リストランテ・ミヤモト

TEL:096-356-5070

〒860-0804

熊本県熊本市辛島町6-15

店休:火曜日 座席数:32席

11:30~14:30(OS:14:00)

17:30~23:00(OS:22:00)

http://www.ristorantemiyamoto.com

  
どんなことでもお気軽にご相談ください!
空間プロデュースNICO
TEL 096-286-8700